原子力、エネルギー、放射線についての解説

 

日本の高温ガス炉開発

 

日本のHTTR

黒鉛減速ヘリウム冷却型の実験用原子炉HTTR (High Temperature engineering Test Reactor)は、900℃超の高温ヘリウムガスを発生することを目的として設計され、茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構に建設された。建設は1991年に建設が始まり、1998年に初臨界を達成した。2004年に原子炉出口におけるヘリウム温度950℃を達成した。現在は高温ガス炉の固有安全性に関する開発研究等が行われている。

 

HTTRの建屋鳥瞰図と原子炉圧力容器を図1に、システム構造を図2に示す。主な仕様を表1に示す。熱出力は30MW(3万kW)であり、発電はしない。炉心の体積は12m3である。熱出力を炉心体積で除した炉心の平均出力密度は2.6MW/m3。この値はドイツが開発したAVRの数値と同じである。

 

HTTR Tateya
HTTR Container

図1a HTTRの建屋鳥瞰図

HTTRの画像検索結果より転載

図1b HTTRの原子炉圧力容器

HTTRの画像検索結果より転載

 

出力密度を他の原子炉と比較してみよう。110万kWの電力を発電する沸騰水型原子炉(BWR)の出力密度は49MW/m3であり、HTTRの19倍大きい。

 

HTTR System

  図2 HTTRのシステム模式図

日本原子力研究開発機構のプレス発表から抜粋

 

原子炉格納容器の中央に原子炉容器が置かれ、その中に核燃料や黒鉛の中性子反射体が納められている。原子炉容器の中はヘリウムガスで満たされ、ヘリウムガスは炉心と熱交換器の間を循環する。炉心で発生した熱の一部は原子炉容器の壁から格納容器に向かって対流と輻射によって流れる。格納容器の壁は水冷され、冷却水の熱は大気に放散される。

 

核燃料

高温ガス炉の燃料は軽水炉の燃料とは様子が大きく異なる。図3aにしめすように核燃料は仁丹くらいの大きさ(0.92mm)の球形の被覆燃料粒子であり、核分裂生成物を閉じ込めるために被覆は多層である。表面層は窒化ケイ素(SiC)。被覆燃料粒子は黒鉛円筒の燃料コンパクトに装填されている。直径26mm、高さ39mmの燃料コンパクトの中心にはヘリウム冷却材を通すための直径10mmの穴が貫通している。燃料コンパクト(図3bの黄色部分)を14個詰めた燃料棒を六角柱の黒鉛ブロックに納めたものが燃料体となる。燃料体の寸法は、高さ580mm、平行面間距離360mm。

HTTR Fuel-Compact
HTTR Fuel Block

 図3a HTTRの核燃料

 左側は直径0.92mmの被覆燃料微粒子

 右側は燃料コンパクト

 HTTRの画像検索結果から転載

 図3b 六角柱の燃料体

 黄色部分は燃料コンパクトである。

 HTTRの画像検索結果から転載

 

図3bに示すこの六角柱の燃料体を平面方向に36本を並べて大きな六角柱を作り、それを縦方向に5段重ねたものが炉心を形成する。炉心の形状も六角柱であり、平行面間距離2.16m、高さ2.9m。

 

HTTRの核燃料は二酸化ウランもしくは二酸化ウランと二酸化トリウムの混合物である。後者の場合、トリウムから核分裂性のウラン233が製造される。

 

固有の安全性

黒鉛減速、ヘリウム冷却の高温ガス炉は固有の安全性をもっている。その理由は、@炉心出力密度が低い、A黒鉛の高い熱伝導と耐熱性、B燃料を高耐熱性のシリコンカーバイド(SiC)で被覆、Cヘリウムは単原子分子であり、高い熱伝導、高温でも分解しない。

 

2012年に、制御棒を挿入せずにヘリウムガスの循環を停止したらどうなるかの試験が行われた。試験前、出力は定格の30% (9MW)に落とされた。試験条件は以下のとおりであった。炉心冷却用のガス循環機を停止、制御棒挿入なし、炉容器冷却系の運転継続。ガス循環機を停止すると急速に出力が低下し、約15分後に停止レベルまで低下した。この挙動は理論解析の予測と合っている。

 

自動停止の背景を以下のように考える。核分裂反応の確率(断面積)が中性子運動エネルギー(速度)の上昇とともに急速に小さくなるという原子核物理の現象がある。この現象が基になって、以下のシークエンスが起きる。

 

ガス循環停止後、ガス温度が上昇、黒鉛減速材温度が上昇、中性子エネルギーが上昇(速度が高くなる)、核分裂反応が低下。これに加えて、試験前の運転で生成されたキセノン135の中性子吸収がある。

 

表1 HTTRの主な仕様

初臨界

1998年

熱出力

30MW (3万kW)

電気出力

なし

炉心の平均出力密度

2.6MW/m3

炉心の高さと等価直径

2.9m/2.3m

炉心の体積

12m3

原子炉圧力容器の高さと直径

13.2m/5.5m

圧力容器の使用最高圧力
と使用最高温度

4.8MPa (48気圧)
440℃

原子炉格納容器の高さと直径

30.3m/18.5m

減速材

黒鉛(グラファイト)

冷却材

ヘリウム

燃料

二酸化ウラン

ウラン濃縮度

3〜10% 平均6%

燃料集合体の形状

六角柱

ガス圧力

4MPa

最高出力ガス温度

950℃ (2004)

公称燃料最高温度

1190℃ 850℃運転
1320℃ 950℃運転

 

補足説明

 

ヘリウム

我々が日常に出会うヘリウムは風船に詰めたヘリウムであろう。ヘリウムは水素の次に軽い元素であり、化学的に不活性(安全)であることから子供達に配る風船を膨らませるガスとして利用される。

 

安定なヘリウム原子にはヘリウム4(99.999866%)とヘリウム3(0.000134%)の2つの同位体が自然界に存在する。ヘリウム4は陽子2個と中性子2個が結合した原子核であり、その結合力が非常に強い。結合力が強いことから、陽子または中性子を取り出す(核反応を起こす)ためのエネルギーが大きい。すなわち原子核反応を起こしにくい、安定性が非常に高い原子核である。


原子核物理から見れば、アルファ壊変で放射されるアルファ粒子はヘリウム4原子から電子をはぎ取ったヘリウム4の裸の原子核である。アルファ壊変はヘリウム4原子核の高い安定性と結びついている。

 

こうした原子核レベルの高い安定性のお陰で、ヘリウム4が中性子を吸収する確率が極めて低い。この性質は中性子を有効利用する上で利点となり、軽水素H-1よりも優れている。

 

化学的安定性

ヘリウムは化学的に非常に安定な元素である。ヘリウムは、他の原子や分子と化学反応を起こさない。原子炉内の材料を痛めることがない。ヘリウムは単原子の分子であるが故に、どのような高温でも分解することがない。ヘリウム、ネオン、アルゴンなどが仲間であり、希ガスと呼ばれる。

 

希ガスの「希」という文字から自然界に希ガスは少なく工業利用に不向きと想像されやすいが、十分な量が得られている。大気中の成分を見ると、アルゴンは窒素、酸素に次いで3番目に多い。炭酸ガス(CO2)よりも多い。ヘリウムガスを液化した液体ヘリウムは超伝導MRIのコイルを超伝導現象が起きる極低温に冷却する材料として普及している。最近の1.5T(磁場の単位、テスラ)、3TのMRIなどが医療現場で活躍中。

 

熱的性質

原子核分裂反応によって発生した熱エネルギーを効率良く冷却ガスに伝達する性質がガス炉の作動媒体に要求される。その性質を熱伝導率に見ることができる。熱伝導率の単位はW/(m・K)である。この単位は、ガスの厚さが1mあたり、温度差がK度(℃と置き換えできる)あたりに移動するエネルギーが何W(ワット)であるのかを表す。下記の表2に幾つかのガスの数値を示す。

 

表2 気体の熱伝導率

 

W/(m・K)

水素

0.168

ヘリウム

0.142

ネオン

0.046

アルゴン

0.016

窒素ガス

0.024

炭酸ガス

0.0146

空気

0.024

 

表2から分かることは、ヘリウムよりも熱伝導率が高い気体(ガス)は水素である。しかし、水素は炉内の材料、特に鉄を弱くする性質があるので利用は難しい。ヘリウムは窒素ガスや炭酸ガスよりも5倍、10倍大きな熱伝導率をもっている。

 

以上の核的特性、化学的性質、熱的性質を考慮すれば、ヘリウムガスがガス炉の冷却材として選ばれる理由を理解することができる。

 

黒鉛減速材

水と直接に接しない環境であれば中性子の減速に黒鉛(グラファイト)が適している。歴史的には、シカゴ大学で世界最初の臨界状態が達成された際の実験装置は黒鉛を積み上げたシカゴパイルであった。原子炉に利用する黒鉛は不純物が極めて少ない、高純度な炭素からできていることが要求される。

 

炭素原子核の自然界に存在する安定同位体は2つある。C-12(自然存在比98.93%)とC-13(自然存在比1.07%)。 C-12はヘリウム4と同様に、6個の陽子と6個の中性子が非常に強く結合しており、原子核反応を起こしにくい性質をもつ。中性子吸収の反応確率はヘリウム4(測定されないほど確率が小さい)よりも大きいが、軽水素H-1の約1/100と小さい。従って、高純度の黒鉛は中性子吸収をしないと考えてよい

中性子の減速に関しては、炭素(C-12)は軽水(H2O)よりもやや劣る。H2Oが含むH-1原子核は質量が中性子とほぼ同じである故に、軽水は減速する能力が最高である。C-12も軽い元素であるため、H2Oよりは劣るが中性子減速の能力は十分に高い。

 

黒鉛の性質

若い頃、原子核物理の実験用にグラファイトの薄片を作成した。その時の印象は、グラファイトは炭とは大違いで、これは金属の仲間であると感じた。表面は鏡のような光沢をもっており、非常に固いものでした。インターネットに出ている文献を見ると、高密度かつ高純度のグラファイトは高温(融点3370℃)に耐え、燃えにくいとのこと。

 

参考資料

高温工学試験研究炉 http://ja.wikipedia.org/wiki/高温工学試験研究炉
高温ガス炉プレス発表 http://www.jaea.go.jp/02/press2013/
p13080201/03.html
「高温ガス炉」世界が注目 http://www.nikkei.com/article/
DGXNASGG24028_T10C11A1000000/
高温ガス炉による水素生産 http://www.rist.or.jp/atomica/data/
dat_detail.php?Title_No=01-05-02-19
日本原子力研究開発機構:
プレス発表
http://www.jaea.go.jp/02/press2013/
p14030401/02.html
HTTR燃料体構造 http://httr.jaea.go.jp/C/C2/
struct/fuel.html
高温工学試験研究炉(HTTR)  HTTRの設計仕様 http://www.rist.or.jp/atomica/data/
dat_detail.php?Title_No=03-04-02-07

 

原子力、エネルギー、放射線