Fukushima Nuclear Disaster

 福島原子力災害を経た原子力のあり方

エネルギー問題を考える

原子力から水素まで

鴨川義塾講演 2015.07.11

講演のスライドはこちら(11MB)

はじめに

今から50年前、大学1年生のとき、一般教養として経済学の講義を聴きました。その中で、教授は将来の人類社会にとって非常に重要な4つの課題を述べました。それは人類社会にとっての危機課題であり、人口問題、エネルギー、食料、水でした。本日は4つの危機課題の1つ「エネルギー」問題を考える。

 

(1)一次エネルギーと二次エネルギー

エネルギーを考える際、重要な概念けがある。一次エネルギーと二次エネルギーである。2つを混同してはいけない。

 

一次エネルギー

エネルギー資源と捉えることができるもの。石油、天然ガス、石炭などの化石燃料。原子力の燃料であるウラン。水力、地熱、太陽エネルギーなど自然界から得られるもの。

 

二次エネルギー

一次エネルギーを元にして得られるエネルギーである。電力、水素、原子力など。原子力発電は二次エネルギーである。

 

日本の一次エネルギー

福島事故の前後、2010年と2013年の一次エネルギーの構成を比較する(図1)。一次エネルギーに占める原子力の比率を眺めると、事故前の2010年は11%であった。事故後の2013年は原発がほとんど稼働しなかったことから、1%である。
注目して欲しいことは、原子力発電が順調に稼働していた時期であっても、原子力が一次エネルギーに占める比率はほんの10%程度。10%程度しか占めないものを日本の死活問題と捉えることは間違い。10%のエネルギーシェアを解決する選択肢は沢山ある。
 

Nihon Itiji Energy
図1 日本の一次エネルギー構成

 

(2)利得率とは

エネルギーの技術や政策を考えるとき、忘れてはならない指標として2つの利得率がある。それは、エネルギー利得率と経済利得率。前者は原理や技術に関係し、後者はビジネスに関係する。利得率は1よりも大きくなければ意味がない。ただし、離島や僻地などの特殊なエネルギー利用は含まれない。

 

Ritoku Ritu

図2 エネルギー利得率と経済利得率


電力は色々な方法で発電されている。電源別のエネルギー利得率を図3に示す。原子力の利得率が17.4と大きいが、これには環境対策や廃棄物処理に要するエネルギーが含まれていない。LNG火力の数値が石炭火力や石油火力の数値の1/3程度である理由は、原料ガスのメタン(常圧での沸点は-161℃)を液化するために大量のエネルギーが消費されるから。太陽光発電の利得率は2.0と低く、風力の3.9の半分である。

Dengen Betu Ritoku Ritu
図3 電源別のエネルギー利得率
原子力百科事典ATOMICA http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=01-04-01-19


(3)地球温暖化の問題

温室効果

温室効果ガスであるCO2は可視光線をよく通すけれども赤外線(熱線)を吸収し、一部を再び地球に放射する。CO2濃度が増加すると赤外線の宇宙空間への放射が減り、地球への再放射が増える。その結果、地表部の気温が上昇する。

 

CO2排出の削減

電源構成案

経産省の総合資源エネルギー調査会が2015年4月28日に2030年の電源構成案を発表した。図4に2013年実績と2030年案を並べて示す。再生可能エネルギーには水力、地熱、風力、太陽光が含まれる。


再生可能エネルギーが22〜24%、原子力が20〜22%となっている。しかし、現存する原発の老朽化を考えると、原子力の20〜22%は実現できない。15%が最大と言われている。

Dengen 2013 2030
図4 電源構成 2013年実績と2030年案
経産省 総合資源エネルギー調査会 2015.4.28

 

G7サミット2015年

2015年のG7サミットでG7の温室効果ガスを2050年までに2010年比で40〜70%削減する目標が採択された。G7各国の提案を図5に示す。

G7 Sakugen Mokuhyou
図5 G7各国の削減目標
毎日新聞 2015.06.09

4カ国の発電政策の比較

日本、ドイツ、フランス、中国の発電政策を比較する(表1)。ドイツは2022年に原子力を終了する。原子力発電が75%も占めるフランスでも原子力を削減する方向である。中国は原子力発電の比率が2012年時点で2%と低く、原発建設を強化している。それにも関わらず、2012年の時点で既に再生可能エネルギーが20%に達している。2025年の目標値は41%である。

 

ドイツ、フランス、中国と比べて日本の2030年の再生可能エネルギー目標が22%〜24%
と低い。日本のエネルギー政策が保守的であることが明らか。

 

Seisaku Hikaku

表1 原子力・再生可能エネルギー政策の比較
毎日新聞150509-中国再生エネ2050年86%可能

 

太陽光と風力の導入量

2009年の世界における太陽光発電と風力発電の設備容量の合計は2038万kW、15921万kWであった。太陽光発電容量の上位3カ国は、ドイツ48%、スペイン17%、日本13%であり、風力発電の上位3カ国は、アメリカ22%、中国16%、ドイツ16%であった。日本の風力発電シェアは1%で世界ランキング13位。

 

図6の太陽光と風力の世界シェアを見ると、日本は太陽光に集中し、風力への投資が少ないと言える。再生可能エネルギーを増やすためには、風力発電を増強することが必要である。

 

Taiyou Huuryoku Share
図6 太陽光発電と風力発電の世界シェア2009年
原子力・エネルギー図面集2011電気事業連合より

 

(4)水素エネルギー

最近、水素が注目されている。特に、2014年12月にトヨタが燃料電池自動車を市販したインパクトは大きく、「水素エネルギー社会」に対する期待が膨らんでいる。その一方で、水素に関し誤解を招く記述に幾つか出会う。

 

水素は電気と同様の二次エネルギーであり、水素資源は地球に存在しない。この基本を誤解させてはならない。

 

誤解例の1

M教授の試算によると、シェール革命で石油は約100年、天然ガスは約185年に残存年数が延び価格も急落した。「リスクの軽減と経済効率性、環境性を考えた戦略的な組み合わせは火力プラス再生エネ、さらに火力を水素燃料に替えていくことなのです」と主張する。

(特集ワイド:「忘災」の原発列島 毎日新聞 2015年3月18日より抜粋 )

上の文章は、あたかも水素資源が存在するとの誤解を与える。

 

誤解例2

水素は、宇宙で最も豊富にある元素であり、燃焼すると水になり、CO2を出さずにクリーンであるという特性を備える。また、高効率で電気に変換できること、多様なエネルギーから製造が可能という特徴もある。さらに、電力と比較して貯蔵や運搬が容易という特性も備えている。

(P社の燃料電池の宣伝より、http://ascii.jp/elem/000/001/026/1026294/)


水素が宇宙で最も豊富に存在する元素であることは事実である。しかし、その事実と水素のエネルギー利用とは全く関係がない。宇宙に沢山ある元素だからエネルギー利用に役立つとのだと言う誤解を招く。

 

水素の製造

水素を製造する方法は幾つかある。最も知られているのが水の電気分解である。それ以外にも化学反応による製造法が幾つかある。最近は、光触媒と太陽光を組み合わせた水素製造が研究されている。


いずれの方法でも、水素が結合した分子から水素を取り出すにはエネルギーが必要である。最も投入エネルギーが少なくて済む、エネルギー効率が高い製造法が見つかることを期待する。


(参考資料:クリーンな量産技術模索 毎日新聞 2015年04月23日)

 

液化水素プロジェクト

川崎重工は豪州で液化水素を製造し、日本へ輸送するプロジェクトが報道された。豪州の豊富な褐炭を原料とし、水素を褐炭から分離し、水素を液化し、日本へ輸送する。分離と液化のプラントを現地に建設する。液化水素を輸送する専用船を開発する。

 

Ekika Suiso Ship
図7 液化水素輸送船の想像図


液体水素の沸点は-253℃であり、メタンガスの沸点(-162℃)よりもずっと低い。ちなみに、絶対零度は-273℃である。

(日経ビジネスオンライン2015年6月4日よりhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150603/283872/?rt=nocnt)

 

燃料電池の仕組み

水素を燃焼させるのではなく、水素のもつエネルギーを有効に利用する手段が燃料電池である。燃料電池はハイテクの塊であり、今後も進化を続ける技術である。実物を見たことはなく、私にとっては想像の対象である。


燃料電池の仕組みが新聞に出ていたので、その図を借りて仕組みを簡単に説明したい。図8が解説図である。

 

Nenryou Denti Zukai

図8 燃料電池の仕組み
科学の森 水素社会/上 目指せ電気の地産地消 毎日新聞2015年04月16日より抜粋


  1. 水素分子(ガス)を左側から、酸素分子(ガス)を右側から供給する。酸素分子は空気から得られる。触媒が左右に2枚ある。これが化学反応を助けると同時に電極の役割も果たす。

  2. 左側の触媒が水素分子(ガス、電気的に中性)を2個の水素イオン(電気的に正)に分離する。水素分子は触媒層を透過しないが、水素イオンは触媒層を透過し、右側の触媒に移動する。

  3. 水素分子から奪われた電子が触媒を通って外部の回路に移動する。これが発電である。

  4. 右側の触媒では酸素分子が2個の酸素イオン(電気的に負)に分離される。その酸素イオンと水素イオンが出会い、発電を終えた電子が到着する。酸素1個、水素2個、電子2個から水分子が合成される。これで一連の化学反応が終わる。電池から水分子が排出される。

燃料電池の特長は、エネルギー効率が高く(発熱はわずか)静かなこと。課題は触媒の製造が難しく、触媒が高価なことである。

 

(5)原子力発電

 

原子力発電の利点

  • 長時間安定に稼働する
  •      ベースロード電源となる背景である 

  • 燃料補給が1年に1回程度
  • 燃料費が安い
  •      ただし、廃棄物処理費などを含めていない

  • CO2排出が少ない
  •      一次エネルギーに占める原子力の割合が10%程度なので

         CO2排出総量に及ぼす効果は小さい

     

    原子力発電の欠点

  • 放射性廃棄物が大量に発生
  •      100万kW・1年の運転で1トン

  • 廃棄物処分場所が未定
  •      国主導で選定する方針

  • 廃棄物保管の期間が非常に長い 
  • プルトニウムが生産される
  •      兵器転用の心配がある

  • システムが非常に複雑
  •      原子核反応、熱工学、化学工学、電力工学などが関与している

  • 炉心材料が中性子照射を受け損傷する
  •      形状寸法が変化、材料特性が劣化

  • 事故が起きると被害が甚大
  • 経済利得率が1以上となる証明がない
  •  

    使用済燃料プールが数年で満杯

    稼働年数が長い原子炉では使用済核燃料を中間貯蔵するプールに余裕がほとんどない。例えば、東京電力の柏崎刈羽発電所は2,3年で満杯となる。廃炉となった福島第一は1年未満であり、福島第二も2年を切っている。


    下の図9が示すように、5年以上の余裕がある原発の方が少数であり、再稼働を果たしても長期的な展望を見込むことができない。

     

    Siyouzumi Nenryou  Pool
    図9 使用済燃料プールの容量と残り年数
    http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4110.html


     

    福島事故の教訓

  • 事故が起きると被害が甚大
  •      もしも、東海第二がメルトダウンしていたら首都圏はパニックであった

  • 地震・火山帯の国に向かない
  • 原発稼働ゼロでも夏の電力供給ができた
  •      電力需要は減る方向にある

  • 原子力発電が宣伝されていたほど安くない
  •      安いは嘘だった?

  • 儲かるビジネスかではないのかもしれない       
  •      WHが原子力部門を東芝に売却したのは儲からないと判断した?

     

    原子力政策の問題点

  •  福島事故の反省抜きで再稼働を進めている
  •  規制委員会の審査に合格することと安全は別もの
  •  核燃料サイクルの維持
  •      再処理工場の建設を継続する

         もんじゅを継続する

          新国立競技場と同じ構図である

     

    ミュー電子によるデブリ検出

    福島第一原子力発電所1号機のメルトした核燃料を調査する測定が2015年3月に行われた。測定は宇宙線が大気と衝突した際に発生するミュー電子をプローブとして測定された。もし、圧力容器の中に核燃料が溶けたデブリが残っていれば、原子番号の高いウランがミュー電子を散乱し、その散乱の様子が原子炉建屋の外に置かれた検出器によって測定される。この測定の第一報が2015年5月に東電から公開された。

     

    図10はデブリ測定の状況を示す。事故前、核燃料は原子炉圧力容器の内部にあった。右端にある白黒の画像はミュウー電子散乱を測定した結果である。もし、デブリが圧力容器内に残っていれば、圧力容器の中心部が黒く見えるはずである。しかし、この測画像には黒く見えるものがない。従って、デブリは圧力容器の底を突き抜けて格納容器の下部に落ちていると推定される。

     

    Myu Densi Debui

    図10 ミュー電子を用いた核燃料デブリの検出

    ミュー電子によるデブリ検出の報告 東電 2015.05.19

     

    地震発生地帯と原発立地

    下に示す図11はM7以上の浅い地震発生地帯と原発立地の関係を表す。この図は茂木清夫・東大名誉教授が提供した資料をもとに作成された。図11から、原発の多くは地震発生地帯には立地していないことが分かる。

     

    米国の西海岸では少数の原発が地震発生地帯にあるが、米国の大多数の原発が地震のない東部にある。欧州では、ほとんどの原発が地震のない地帯に立地している。日本の場合、全ての原発が地震発生地帯に立地している。

     

    M7 Jisinn Genpatu
    図11 地震発生地帯と原発立地
    黒点が原発立地点であり、茶色がM7以上の浅い地震発生地帯を指す。
    AERA臨時増刊 『原発と日本人 100人の証言』朝日新聞社 P45より抜粋

     

    結 論

    Fukushima Nuclear Disaster  福島原子力災害を経た原子力のあり方