Fukushima Nuclear Disaster

 福島原子力災害を経た原子力のあり方

放射線が活躍する医療

MIA 異文化勉強会での講演のレジメ
2015.9.2 講演スライド

 

まずはじめに、お断りしておくことは、私は医師ではないことです。私の専門は原子核物理であり、医療の中身については素人です。医療に関する説明に間違いがあるかもしれないことを、あらかじめ、ご承知ください。

 

現代の医療では、診断や治療のために放射線が広く使われています。ここでは、@放射線が人体に及ぼす効果、AX線CT,MRI、PETなどに代表される診断装置の仕組み、B放射線を用いたガン治療をできるだけ分かりやすく紹介します。

 

1895年にドイツのレントゲンがX線を発見した直後から、放射線の医療への応用がスタートしました。通信手段が発達していなかった時代にも関わらず、X線のニュースが世界を駆け巡ったことは驚きです。ガラス製の真空容器容器から未知の何かが出ていることからレントゲンは「X線」と名付けたそうです。


Roentgen

図1 X線が発見された時代

ドイツ科学博物館の展示より

 

(1)放射線の人体への影響

放射線には幾つかの種類がありますが、いずれの放射線も人体の中で入射時よりも低速な2次電子が沢山発生します。この2次電子が、たまたま、細胞内のDNAと衝突するとDNAを構成している分子の一部を変化させます。これがDNAの損傷です。大部分のDNA損傷は自動的に修復(修理)され、遺伝情報が損なわれることはありません。しかし、修復が完成しない内に別の損傷が起きることや、正しく修復されないことが起きます。この現象が放射線損傷です。

 

DNA

図2 放射線によるDNAの損傷

http://www.accessexcellence.org/RC/VL/GG/chromosome.html

http://blairgenealogy.com/dna/dna101.html


放射線被ばく線量が低い場合や被ばく線量率(1時間あたりや 1秒あたりの線量)が低いとき、放射線障害は起こりにくい。しかし、線量あるいは線量率が高くなるほど、影響は顕著になります。残念ながら、どの数値以下ならば安全かという科学的知見はありません。現状では、数値が小さいほど安全、としか言えません。

 

X線単純撮影、X線CT,放射線治療などの医療行為では病気を発見・治療することに利益を見て、放射線被ばくを受け入れています。他方で、患者の被ばく線量をできるだけ少なくする努力が絶え間なく行われています。

 

(2)診断で活躍する放射線

X線CT

CTはComputed Tomographyの略語です。
体の周りからX線を照射し、その反対側でX線画像を撮影します。現在では、X線管とX線検出器が円環の中に組み込まれ、その円環が回転します。患者は円環軸に沿った位置のベッドに横たわり、回転する円環の中を水平方向に移動します。

 

CT
図3 X線CTの仕組み


体軸方向にスパイラル(らせん状)しながら、円環が1回転する間に沢山の方向からX線画像が撮影されます。こうして得られた多数のX線撮影画像を、コンピュータを用いて3次元画像が作成されます。実際の撮影は10秒ほどで終わり、画像処理の方に時間がかかります。

 

X線CTの特長は、人体内部の臓器や組織の位置や形状を高い位置精度で表すことにあります。こうした情報が病気診断や治療計画に役だっています。

 

MRI

MRIはMagnetic Resonance Imagingの略号です。
MRIは水素原子核の核磁気共鳴を利用して、体内の水素原子すなわち水分子の濃度と位置を検出します。水素の原子核は陽子です。陽子は非常に小さな方位磁石(N極とS極が棒の両端にある)の性質を持っています。陽子を磁場の中に置くと、方位磁石が地球磁場に沿った方向に動くのと同様に、方向を変えます。


水素原子核を磁場の中に起き、ある周波数の電磁波を当てると、水素原子核の方向が反転します。この「ある周波数」を共鳴周波数と呼びます。共鳴周波数は磁場の強さに比例して大きくなります。MRIではX,Y,Zの3軸方向に磁場が変化する弱い傾斜磁場が強い磁場に追加されています。共鳴周波数が磁場の値を決め、そこから水素原子核の位置が分かります。他方、電磁波の吸収強度が水素原子核の個数に比例します。

 

MRI

図4 MRIの原理

日立メディコ https://www.hitachi-medical.co.jp/open-mri/mri/

 

実際のMRI画像の取得方法はもっと複雑ですが、簡単に言えばMRI画像は体内の水分子の位置と濃度を教えてくれます。


例えば、脳梗塞を起こした部位は水に近い正常組織とは化学状態が異なるため、MRIでは共鳴周波数が水とはズレ、信号が欠落します。その結果、脳梗塞を判別することができます。このように、MRIの特長は病変を明らかにすることです。

 

PET

PETはPositron Emission Tomographyの略語です。
放射性同位元素の中には、ポジトロン(正電荷をもつ電子、電子の反物質)を放出するものがあります。その同位元素から放射されたポジトロンが物質中を移動する途中に(負電荷をもつ)電子と遭遇すると、正物質と反物質のペアーが消滅し、その際に2個のガンマ線が180度方向(逆方向)に同時放射されます。2台の放射線検出器が同時にガンマ線を検出したら、ガンマ線の発生位置が2台の検出器を結ぶ線上にあることが決まります。

 

PET Shikumi

図5 PETの原理

右図の円環には多数のガンマ線検出器が埋め込まれている


PET診断でよく使用される放射性同位元素はF-18(フッ素18、半減期が110分)です。このF-18を埋め込んだブドウ糖を患者に投与します。ガン組織は細胞分裂が激しいため、栄養源であるブドウ糖を沢山取り込みます。ガンマ線の同時検出から得られる直線の交点を沢山集めるとガン組織の位置が分かります。PET診断では、ガン(腫瘍)の有無および位置が大まかに分かります。患部の詳しい位置はPET装置に連結されたX線CTによって決定されます。

 

図6は食道ガンの手術前後に撮影されたPET画像が比較されています。手術前に食道とリンパ節に見られたブドウ糖の取り込みが手術後には消えていることが分かります。

 

PET

図6 手術前後のPET画像

木沢記念病院 (http://doc.kizawa-memorial-hospital.jp/dock02.html)

 

PET診断では放射性同位元素を体内に取り込みますが、それによる内部被ばくを心配する
必要はありません。その理由は、投与された薬品が尿を経由して排泄されること、半減期が110分(約2時間)と短いことなどです。

 

(3)放射線治療

X線ビーム、重荷電粒子ビーム、小線源の3種類を紹介します。

 

X線ビーム

小型の電子線加速器を用いて電子を加速し、その電子を金属標的に衝突させてエネルギーの高いX線ビームを作ります。X線ビームを患部に照射します。そのとき、X線ビームの照射線量を患部に集中させ、正常組織への照射線量を最小限にする工夫がされています。

 

LINAC
図7 電子線加速器

 

X線CT撮影から患部の3D画像が得られ、それに合致するようにX線照射の計画が計算され、X線ビームの形状、方向、照射線量などが調整されます。患者は照射ベッドに横たわり、照射計画に合致する位置に精密に置かれます。患者の位置決めに5〜10分、照射時間は約1分。これを1週間に5回、6〜7週間繰り返します。患者は入院する必要はなく、通院で済みます。照射自体は痛みを伴いまでんが、照射後に患者は疲労感を持つそうです。


最近では、中規模以上の病院にX線ビーム治療装置が導入され、治療がルーチンに行われています。X線ビームの照射を種々の方向から行うことができるサーバーナイフが登場しており、普及が進むでしょう。


重荷電粒子ビーム

陽子あるいは炭素の荷電粒子を、大型加速器を用いて加速し、そのビームをガン組織に照射する施設です。日本を代表する施設は千葉県の放射線医学総合研究所に建設されたHIMACです。HIMACは1994年に治療を開始しました。その後、国内に類似の施設が次々と建設され、日本は世界で一番多くの重荷電粒子ビーム施設をもつ国となっています。

 

HIMAC
図8 重粒子線照射施設HIMACの鳥瞰図

 

Nison Shisetu
図9 日本の粒子線治療施設

放射線物理から考えると、重荷電粒子ビームは体内の目的とする深さに線量を集中させることができる性質をもっています。これはX線ビームに対する重要なアドバンテージです。弱点は施設の建設費が非常に高価であること、運転コストも高いことです。

 

HIT Shikumi
HIT Gantly

図10 ドイツ・ハイデルベルグのHIT

陽子線と炭素線の両方が利用でき、2009年に完成した。

図11 HITの粒子線照射室

患者の周囲を回転するガントリーから粒子線が照射される。

 

2015年8月に、日本放射線腫瘍学会が、粒子線治療が一部のガンの治療で優位性を示すことができなかったことを厚労省に報告したとの報道を新聞で知りました。優位性がないことと、上の放射線物理の視点が矛盾しており、個人的には疑問を感じています。

 

小線源治療

放射性のヨウ素125(半減期59日)を埋め込んだ小さなチタン製カプセル(長さ4.5mm、太さ0.8mm)を体内に数十本挿入します。カプセルから放射される低エネルギーの電子を患部に照射することによってガンを治療します。カプセルは埋め込んだままで、取り出すことはしません。 図10は前立腺ガンの治療例です。

 

Shousenngenn

図12 小線源治療の写真

前立腺に数十個の線源カプセルが挿入されている


まとめ

高齢者にとって放射線を用いた診断・治療は放射線被ばく以上の利益がある。

CT装置の高速化に伴ってX線ビームが強くなり、被ばく線量率が増加している。
MRI装置は高磁場化が進み、高周波電磁波の問題が気になりだした。
PETはガン(腫瘍)の有無、位置を教えてくれる 。
X線ビームは中規模以上の病院に普及し、通院治療が行われている。
重荷電粒子ビームは装置が非常に高価であり、先進医療に指定されている。
小線源治療は前立腺や口腔など体表面に近い組織に有効である。

 

上記以外にも放射線を用いた診断方法が幾つかある。

 

技術進化が速いため、医師、技師はキャッチアップの勉強が必要。
放射線治療の高度化には放射線医学物理士の育成が重要。

 

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