重い原子核ではアルファ粒子を放射して壊変する場合がある。アルファ粒子の放射線という意味で「アルファ線」という言葉が使用される。アルファ線、ベータ線、ガンマ線などの放射線は光速あるいは光速に近い速さで光線と同様に真空中を一直線に飛行する。
アルファ粒子は2個の陽子と2個の中性子が堅く結合した原子核である。水素の次に軽い元素であるヘリウム原子から電子2個をはぎ取り、残されたヘリウム原子核がアルファ粒子である。
アルファ粒子は電子の8000倍の質量(重さ)を持つ。ウラン、ラドン、プルトニウムなどはアルファ線を放射して軽い原子核に壊変する。このようなアルファ壊変によって放射されるアルファ粒子の速さは光速の約1/20であり、真空中ならばどこまでも一直線に飛んでゆく。しかし、これが物質中では非常に短い距離で停止する。人体組織の中では、アルファ線は約40ミクロン(0.04mm)進むと停止する。紙1枚(厚さは約0.1mm)でアルファ線を遮蔽することができると言われる所以である。
たった40ミクロンの距離で停止するということは、体内でアルファ線が放射されると、放射線が人体組織に与えるエネルギーの密度が非常に高いことを意味する。具体的な例は表1の中で「長さ1mmあたりのエネルギー密度」として示されている。すなわち、細胞やDNAを損傷する密度が高いことになり、DNAの2重螺旋が同じ位置で両方とも損傷する確率が高くなる。その結果、DNAの修復が失敗する可能性が高くなる。このように、アルファ線は人体に及ぼす影響がベータ線やガンマ線の場合よりも強い。
内部被ばくを考えるとき、アルファ線の影響力はベータ線やガンマ線に比べて非常に強い。そのため、アルファ壊変する放射性物質を体内に取り込まないように注意を払うことが重要である。
2011年10月に世田谷区で放射性物質が発見される事件が2件発生したが、その放射性物質はラジウム-226であった。ラジウム-226は半減期1600年でアルファ壊変する原子核であり、キュリー夫人がウラン鉱石の中から発見したことで歴史的に有名な物質である。
アルファ線 |
ベータ線 |
ガンマ線 |
|
想定する放射性物質 | プルトニウム-239 | ストロンチウム-90 | セシウム-137 |
質量(単位は電子の質量) | 8000 |
1 |
0 |
速さ(単位は光速) | 0.05 |
最大0.98 |
1.0 |
A 放射線エネルギー | 5.2 MeV |
0.5, 2.3 MeV |
0.66 MeV |
B 飛行距離 (mm) | 0.04 mm |
16 mm |
80 mm |
A/B 組織に与えるエネルギー密度 |
100 |
0.2 |
0.01 |
DNAに及ぼす影響 | 強 |
中 |
弱 |
ウランやプルトニウムなどの重い原子核は陽子に比べて中性子が過剰な原子核である。これらが中性子を吸収して核分裂反応を起こすと、ウランやプルトニウムは2個の原子核に分かれる。この原子核のことを核分裂生成物と言う。核分裂生成物も中性子が過剰であり、そのため核分裂生成物の多くは不安定である。不安定な中性子過剰原子核の内部では中性子が陽子に壊変することによって余分なエネルギーを外部に開放し、安定な原子核になろうとする。この現象をベータ壊変と言う。
中性子は電荷を持たず、陽子は正の電荷を持っている。他方、ベータ壊変の前後で電荷の数は等しくなければならないので、壊変の後には陽子、電子(負の電荷をもつ)、ニュートリノ(電荷を持たない)が残る。記号で書けば、「中性子⇒陽子+電子+ニュートリノ」である。この壊変に伴うエネルギーの一部が電子に与えられるため、発生する電子すなわちベータ線は大きなエネルギーを持ち、光速に近い速さで放射される。
ベータ線はベータ壊変に伴い原子核から放射される電子である。ベータ線のエネルギーの最大値は放射性物質ごとに決まっているが、エネルギースペクトルは広く分布している。多くの場合、ベータ線(電子)は光速に近い速さを持って放射される。
ストロンチウム-90から放射されるベータ線のエネルギーは、他の放射性原子核から放射されるベータ線のエネルギーに比べて高いため、人体組織を最大で16mmも飛行する。その結果、ストロンチウム-90のベータ線はプルトニウム-239のアルファ線に比べると400倍も長く体内を飛行する。
しかし、長く飛行する分だけ組織に与えるエネルギー密度は低くなり、DNA損傷の程度はアルファ線のときよりも小さい。とは言え、内部被ばくを考えるときベータ線による被ばくはガンマ線による被ばくよりも影響が強い。
ストロンチウム-90からのエネルギーが高いベータ線であっても土や食品などの物質中を透過する距離が短いため、放射線サーベイメータを用いて放射線測定をしても検出されないことが多い。エネルギーが低いベータ線の場合は測定がもっと難しくなる。
特に、ストロンチウムは化学的性質がカルシウムと似ているため、骨に何年も沈着する。それ故、ストロンチウム-90も骨に何年も沈着し、骨に影響を与える。ストロンチウム-90は内部被ばくの影響が大きいにも関わらず、測定が2011年10月の時点では進んでいない。測定体制をできるだけ早い時期に整備することが重要である。
ガンマ線とは原子核から放射される電磁波であり、その波長は可視光よりもずっと短い。他方、X線とは原子から放射される電磁波および高速電子が曲げられるときに放射される電磁波を言う。発生場所が違うだけで、ガンマ線とX線は物理的には同じ電磁波である。
ガンマ線は電磁波であるため、速さは可視光と同様に光速である。
ガンマ線は物質の中に入ると、原子に束縛されている電子と相互作用をし、電子にエネルギーを移動し、元のガンマ線は消えてしまう。例えば、セシウム-137から放射される0.66MeVガンマ線が人体組織に入るとき、80mmの深さで0.66MeVガンマ線の個数は1/2に減少する。160mm の深さでは1/4に減少する。このようにガンマ線は体内の深い位置まで浸透するため、ガンマ線が人体組織に与えるエネルギー密度は小さくなる。
その結果、DNAに及ぼす影響はアルファ線、ベータ線、ガンマ線の順に弱いと言うことができる。