福島事故に関する提言

 

現場を知らない 

 

原子力発電所は複雑システム

原子力発電所は複雑なシステムである。福島第1原子力発電所に設置された沸騰水型原子炉の場合、以下のような要素がある。それらは原子炉制御に密接に関係している。

 

核燃料と放射線

原子核反応の制御、放射線に耐える材料

放射線・中性子の遮蔽

核燃料の冷却
熱工学
高温高圧の蒸気発生
流体工学
蒸気タービン
通常火力と同じ(蒸気温度は低い)
発電機
通常火力と同じ
復水器
蒸気から戻った水は少量の放射性物質を含む
復水の炉心への循環
循環流量が核反応制御に関係する
圧力容器

圧力に制約がある

制御棒の駆動装置、循環ポンプ

格納容器
放射性物質の閉じ込め
緊急炉心冷却装置
非常時に動作

 

原子炉本体および炉心外部の全ての機器が順調に稼働しているときが正常運転である。炉心外部の機器のどれか1つでも不調になると原子核反応の状態が大きく影響を受ける。
これに加えて、非常時には別系統の冷却設備が正しく稼働しなければならない。多種多様な理工学の成果がシステムに組み込まれており、他に例を見ない複雑なプラントが原子力発電所である。

 

原子力発電の専門家とは

上記の要素で構成されている原子力発電所において、各々の要素機器がどこに配置されており、それらが互いにどのように結合されているのかを知っている人が専門家である。彼らはそうした機器がどのような性能を持ち、どのようなロジックに従って制御されているのかを知っている。非常時に起動するべき装備機器についても熟知している。原子力発電所建屋の内部の全体像を把握し、建屋外部にある補助設備の実態を知る人が真の専門家と言える。筆者は専門家とはほど遠い素人である。

 

安全審査

原子力発電所の安全審査に携わる人は、原子力発電の仕組みを理解しているだけでなく、発電所システムや発電所現場の実際を知っていなければならない。しかし、M9.0の地震による外部電源の喪失および津波による非常用設備の破壊がレベル7の原子炉事故につながった。事故が起きてしまった後になってみると、安全審査の人々がどの程度現場の実際を知っていたのか疑問が残る。

 

地震の規模が想定外であった、津波の大きさが想定外であった。だから仕方がないという説明は実に悲しい。

 

安全審査にあたった人は原子力発電システムの原理や理屈は知っていても、現場の配管、配線、放射線防護などをどの程度理解していたのだろうか。審査の前に建設サイトへ出かけ、システム配置を自分の頭の中に描いたのか。建設工事の途中や完成後に現場を見たのだろうか。非常用設備の実態を十分に検証したのであろうか。

 

恐らく現場を自分の目で見ていなかったのではないか。もし、現場に何度も足を運び、現場を自分の眼で確認していたとしたら、何故、安全に関する判断を誤ったのだろうか。

空調の効いた快適な会議室の中での審査であったのではないか。


審査は図面上のロジックに沿って行われたのではないか。理論上、2重、3重の防護設備があるから安心してしまったのか。


こうした疑問は安全審査を見学した経験のない筆者の想像であるが、もし間違っているならば指摘して欲しい。

 

審議会のあり方

審議会や委員会では委員が議題の是非について議論する。しかし、委員会の結論は当初から決まっている場合が少なくないと聞く。反対意見の持ち主には反対意見を述べる機会を与える。しかし、その反対意見を採り上げることはしない。審議する前に設定されていた結論に議論をまとめる議長が有能な議長とされる。

そもそも、委員会のメンバーを選定する段階で大筋の結論が出ているのではないか。目標とする結論を演出するために都合が良いメンバーが選ばれる。全員が賛成者では批判に耐えないので、一人、二人の反対者もメンバーに加える。こうして必要とする結論が民主的な手続きを経て決定されたように見える。

 

保安院

原発事故の状況が西山審議官によって説明され、その様子が度々TVで放映された。彼の説明は東電担当者による説明よりも明解であったが、何かが欠けていると感じた。それは、彼が原子力を十分に理解していない、文系のエリート官僚であるせいである。
現場を知らない人が応急に部下から説明をきき、それを発表している。発表することが役目だから発表している。現場の経験や知識の裏打ちがないために、説得力や迫力に欠けていた。残念なことである。

もし、この役目として原子力発電所の現場をよく分かっている人が事故経過を説明していたら、国民の信頼と安心感が得られたと思う。

 

菅総理の場合

菅総理は私と同じ東工大・応用物理学科の卒業で後輩である。彼は東工大卒業だから理工系のことは十分に理解しているとの自負がある様子が見える。その延長線上で菅総理は原子力のこともよく知っていることを人々に見せたがったのではないか。この見栄が事態を混乱させたと思う。海水注入、ベント、再臨界などは菅総理が口に出すべき項目ではない。彼が私よりも原子力発電を理解しているとはとても考えられない。3月12日にヘリコプターに乗って福島第1原子力発電所に彼は出かけたけれども、これは「現場を見た」ことにはならない。現場近くに出かけ、人から説明を受けただけである。まあ、原子力発電所を一度も眺めたことがないよりはましと言う程度である。首相がやるべき、もっと大事な仕事が沢山あると思う。事故現場への指示については現場を熟知した専門家にまかせればよい。

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