原子力、エネルギー、放射線についての解説

 

福島事故を経た原子力のあり方


電気学会センサ・マイクロマシン部門研究会で行った講演の概要

開催日:平成25年8月8日

開催場所:東京工科大学 蒲田キャンパス

講演のスライド(pdf 14MB)はこちら

 

原子力発電の概要

日本の原子力発電は電力の約30%、一次エネルギーの約10%を占めている。原発は火力発電の一種であり、その熱源は、核反応で生成された核分裂片の運動エネルギー(93%)および核分裂生成物の崩壊熱(7%)である。原子炉を運転・制御することができる背景には、核分裂反応から数秒〜数十秒遅れて、核分裂生成物の0.6%が発生する遅発中性子の存在がある。99%の中性子は核反応と同時に発生する即発中性子である。

ウラン235の場合、即発中性子数と遅発中性子数の比率が適当な値であり、原子炉の運転を可能にしている。即発中性子数が多く、遅発中性子数が少ないとき、原子炉の運転特性は悪くなる。この悪い方向にあるのがプルトニウム239を燃料とする原子炉である。
我が国の発電用原子炉はBWR(沸騰水型原子炉)とPWR(加圧水型原子炉)の2種類であり、福島で事故を起こした原子炉はBWRである。

原子炉を停止するとき、制御棒の挿入は2〜3秒で終わる。この瞬間に核分裂反応の99.4%は停止する。残りの反応は遅発中性子によるものであるが、これも数分でほとんど終わる。その後には運転時出力の7%の崩壊熱が残る。割合が7%であってもその発熱量は非常に多い。100万kW運転を停止した直後の崩壊熱は20万kWもある。この発熱は初期の数時間で大きく減少する。緊急停止したとき、初期数時間の冷却が非常に重要である所以である。順調ならば1〜2日で冷温停止にいたる。

核分裂生成物の6%がセシウム135であり、これがキセノン135に崩壊する。このキセノンが中性子を大量に吸収するため、大出力で原子炉を運転した後のしばらくの間は原子炉を起動することができない。このように、原子炉は核分裂生成物や冷却水温度などの影響を受けるため、電力需要の増減に応じて発電量を増減することが不得手である。結果として原子力発電炉は一定出力で運転され、電力のベースロードを賄うことになる。

福島第一原発の事故

2011.3.11にM9.0の東日本大震災が発生した。そのとき、福島第一原子力発電所では1,2,3号機が運転中であり、4,5,6号機は定期点検中で原子炉は停止していた。4号機の核燃料は炉内になく、燃料貯蔵プールに移されていた。14:46に地震動が検知された。直ちに運転中の原子炉に制御棒が挿入され、数分で核分裂反応は停止。1時間後の15:42に外部交流電源を喪失し、停電。ディーゼルエンジン駆動の非常用電源が起動。15:45に津波が襲来。海水ポンプ、高圧受電盤、燃料タンク、直流電源などが損傷。電源、冷却水を喪失したため、1,2,3号機の炉心状況は同時進行的に悪化した。


原子炉圧力容器内の温度、水位、圧力などの計測が不能となる。緊急炉心冷却装置の機能が停止し、炉心冷却が一番重要なときに冷却ができない事態となった。その後、圧力容器内で高温になった核燃料から水素が多量に発生し、圧力容器から漏れた水素が建屋最上階のオペレーションフロアーに充満。1,3号機で水素爆発。2号機では格納容器に附属するドーナツ状の円環部分で爆発音。1号機では3.11夜に核燃料がメルトダウンした模様。

水素爆発が次々と起きた後、想定された最悪のシナリオは4号機貯蔵プールの損傷であった。プールは原子炉建屋の最上階にあり、そこには1331体の使用済核燃料が貯蔵されていた。まだ崩壊熱が多く、冷却が必須の状況である。水素爆発によって天井が抜けている。余震によってプールが損傷し、水が抜けると、核燃料がメルトし、大量の放射性物質が環境に放出されることが最悪のシナリオであった。首都圏放棄が想定された。

 

事故の原因(人災と構造的欠陥)

 

人材 現場を熟知した専門家が少なく、技術の伝承が不十分であった
制度 国策民営(責任が不明確)
複雑な安全規制体制(どこがトップか不明)
安全神話 安全を疑う思考回路が停止していた
BWRに構造的欠陥 格納容器が小さい
圧力容器を外側から冷やせない
非常冷却装置が格納容器の外部にある
圧力容器の底部は制御棒と計測装置のために穴だらけ
水位計の構造
配管系の配置(高線量のため手動弁に近づけない)
貯蔵プールが最上階(事故時の対応に余裕がない )

 

原子力の問題点

中・長期の計画があいまいのまま先送りされている。例えば、使用済燃料プールが数年で満杯となる状態であり、再稼働の可否と関係なく数年で運転停止となるサイトがある。

 

余剰プルトニウム

2013年現在で余剰プルトニウムは44トン。これを燃料として利用しても、1基の原子炉あたり年間で0.4トンしか消費しない。プルトニウム239はウラン235に比べて即発中性子数が多く、遅発中性子数が少ない。これが原因で、プルトニウムを混ぜたMOX炉はウラン炉よりも運転特性が悪くなる。フルMOX炉はさらに悪いはずである。プルトニウムは核兵器への転用が疑われるため、核セキュリティが厳しい。日米間の政治問題となる。

 

再処理工場

青森県六カ所村に建設された再処理工場は2001年に試運転を開始した。トラブルが連続し、2013年7月時点でも正常運転に至っていない。もし、再処理工場が設計通りに運転されると、年間処理量800トンから7トンのプルトニウムが抽出される。この7トンを1年で消費するには17基のMOX炉を運転しなければならない。米国は日本のプルトニウムの行方に注目している。

 

放射性廃棄物処理

いまだ具体的な展望がない。世界中で地下埋設が確定し、準備を進めている国はフィンランドだけである。我が国では具体的な廃棄物処理の展望がないまま原子力発電が推進されてきた。使用済燃料をそのまま地下に埋設するワンススルー方式と、再処理によって分離した核分裂生成物を埋設する方式の2つの選択肢が議論されている。埋設場所に関しては、候補地すら未定。

 

今後なすべきこと

まず、福島事故の教訓を真摯に受け止めること。それを基に中期・長期のエネルギー政策を再構築しなければならない。そこでは、原子力依存度、プルトニウム問題、放射性廃棄物などに関する政策を明らかにし、国民の理解を得ることが重要である。
エネルギー政策の根幹をあいまいにしたまま、再稼働を急ぐことは疑問である。原子力規制委員会が再稼働を認めたとしても、安全性が保証された訳ではない。


人材育成

原子力を推進する、廃止する、のいずれの場合でも人材育成は大切である。特に少数精鋭の原子力エキスパートが重要である。エキスパートとは原子力の理屈を深く理解し、現場を熟知し、エネルギー全体を見通すことができる人材である。原子力分野で働く人々には従来の技術を伝承することが求められる。技術伝承は今後の非常に大切な課題である。

 

結 論

福島事故の原因(人災および構造的欠陥)を検証し、対処する

実行できるエネルギー計画の再構築

原子力が安いは幻想

目先の経済優先は問題のすり替えである

古い炉の廃止、BWRの退場 、PWRの安全強化

プルトニウム、再処理、廃棄物処分などの諸問題

 

原子力、エネルギー、放射線