原子力・放射線について
高温ガス炉は黒鉛で中性子を減速し、ヘリウムガスで冷却する、出力ガス温度が900℃を超える原子炉である。高温ガス炉は幾つかの利点を持っており、注目されている。そうした場合、利点だけが強調される傾向がある。しかし、弱点や問題点にも目を向けておきたい。
日本で最初に導入された商業用の原子力発電炉はガス炉であった。これは英国製のコルダーホール型と呼ばれるものであり、黒鉛で中性子を減速し、炭酸ガスで核分裂反応熱を冷却するタイプである。この原子炉は東海村の原子力研究所(現原子力研究開発機構)に隣接する敷地に建設された。1966年に発電を開始し、1998年に運転を終了した(東海第一原子力発電所)。冷却材は炭酸ガスであり、原子炉から出てくる炭酸ガスの温度は350℃であった。発電量が16.6万kWと小規模であった。その後、我が国の原子力発電は軽水炉が主役となった。
初期のガス炉は水蒸気を発生し、蒸気タービンによって発電を行った。蒸気タービンを駆動する水蒸気を発生するためには、ガスの出口温度は350℃で十分であった。他方、ドイツではソフトボール大の球形核燃料をヘリウムガスで冷却する方法で900℃超の高温ガスの生産を目指した高温ガス炉の開発が1950年代から進められた。日本と同じ敗戦国であるドイツが1950年代から原子力開発を始めていたことに驚く。残念ながら、ドイツの高温ガス炉の研究開発は失敗で終わった。ドイツの失敗を教訓として、日本で高温ガス炉研究が進められている。日本の他に、中国、米国、南アフリカ、ロシア、オランダなどで研究開発が進められている。
人口が少なく、産業規模が小さな国では100万kW級の原子力発電所や火力発電所は過剰な設備となる。そのような国にとっては、規模の小さな発電所を需要地に近い場所に建設することにメリットが出る。小規模な原子力発電を目指す場合、高温ガス炉は有望な選択肢である。しかも、高温ガス炉ならば発電以外にも、水素製造、地域暖房などへの利用が可能である。
出力密度が軽水炉よりもずっと低いこと、炉心構成材の黒鉛(グラファイト)は熱容量が大きく、2000℃以上の高温に耐えることから、事故時の対応に余裕がある。冷却システムが機能しない場合でも、原子炉格納容器からの熱放射によって冷却ができる。
ヘリウムガスは水素ガスに次いで熱伝導率が高い、高温になっても分解しない安定な気体である。ヘリウムガス循環が停止しても燃料要素内で発生する核崩壊熱を外部へ効率よく伝達することができる。制御棒を挿入することができない事態が起きても、燃料温度が上昇すれば、自動的に核分裂反応にブレーキがかかり、連鎖反応は原子炉停止のレベルまで自然に低下すると計算されている。すなわち、非常に優れた自己安定性をもっている。
2010年12月に日本で行われた高温ガス炉HTTRの実験では、出力を30%に落とし、冷却材であるヘリウムガスの循環を止めたところ、10分程度で出力が1%に低下したと報告されている。
核燃料は仁丹くらいの大きさの炭化ケイ素(SiC)セラミックス球の中に入っている。SiCは融点が2730℃と非常に高く、熱伝導率も大きく、非常に硬い材料である。SiC球の中の核燃料が核分裂反応を起こし、核分裂生成物(多くは放射性)が生成されるが、SiCの被覆層は1600℃の高温でも核分裂生成物をしっかりと閉じ込めることができる。
水素は燃料電池車の燃料として注目されている。900℃を超える高温ガスが得られると水素を生産することができる。現在、下記の2つの方法の実証研究が行われて
メタンの水蒸気改質法
CH4+H2O=3H2+CO
この反応には約800℃の水蒸気が利用される。
熱化学分解法
ヨウ素(Iodine)と硫黄(Sulfur)を循環物質とするISプロセスがある。
発電用原子炉として普及している軽水炉ではウラン235を3〜5%に濃縮した核燃料が使用される。黒鉛減速の高温ガス炉では、黒鉛の中性子吸収が軽水H2Oよりもずっと少ないため、ウラン235を0.72%しか含まない天然ウランでも連鎖反応を維持することができる。さらに、燃料にトリウム(トリウム232が自然存在率100%)を装填すると、トリウムの中性子吸収を経て、ウラン233が生産される。ウラン233はウラン235と同等の核燃料となる。
軽水炉は、電力需要の増減に応じて出力を減らしたり増やしたりする負荷追従が苦手である。その結果、一定の出力で運転する電源、ベースロード電源として軽水炉は利用されている。
他方、高温ガス炉は出力を増減しても暴走する危険が小さいので負荷追従運転が可能らしい。そうとは言っても、核分裂生成物のキセノン135(半減期9.1時間、熱中性子吸収断面積2.8Mb)が中性子を沢山吸収するため、通常の火力発電のような滑らかな負荷追従はできないと思われる。
原子炉に使われる高純度黒鉛は難燃性と言われている。それでも、ガス出口温度900〜1000℃で運転中にヘリウム配管が大きく破断すると、水素の次に軽い気体であるヘリウムは大気中に漏れ出す。ヘリウムが抜けた炉心に大量の空気が突入する。高温の黒鉛が空気中の酸素と接触すれば、燃えだす恐れがある。何しろ黒鉛は炭素からできているから。
あるいは、熱交換器が破損すると、水が炉心に浸入する。水が高温の黒鉛に触れた瞬間に水は蒸気となり、水蒸気爆発が起こり、炉心が破壊される恐れがある。
ドイツのAVRやTHTRでは一部の燃料球が破損し、燃料から核分裂生成物が漏れ出し、炉内が放射能汚染された。日本の研究では、1600℃程度までの燃料温度ならば反応生成物の閉じ込めは満足できる性能にある。しかし、燃料球の生産管理にミスがあれば、欠陥燃料が使用されることになり、炉内が汚染される。
そうでなくても、燃料パック(仁丹サイズの微小燃料球を多数詰めたもの)内の微小燃料球の温度にはバラツキがあるため、確率は小さいとは言え、核分裂生成物の閉じ込め性能が劣化するほどの高温になる可能性は残る。
黒鉛は軽水H2Oよりも中性子減速の性能が低いため、高速中性子を熱中性子まで減速するには軽水よりも長い飛行距離が必要である。そのせいで黒鉛層が厚くなり、炉心構造が大きくなる。もっとも、この性質が炉心の出力密度を下げ、安全性に余裕をもたらしている。出力密度は2.6MW/m3であり、この数値は軽水炉の値より1桁小さい。大出力にすると、炉心や格納容器が大きくなり、これは製造コストを高くする。そのため、発電に関しては軽水炉に対する優位性がないと考えてよい。
高温ガス炉の場合、大型でも熱出力が60万kW(600MW)程度である。発電出力ならば60万kWの1/3として20万kW程度であろう。従って、100万kWe相当の出力を目指す場合、5基のガス炉が必要となる。このことは、小型炉を多数、建設することを意味する。1カ所のサイトに多数の原子炉を建設し、多数の原子炉を運転することは安全管理の観点から新たな問題を提起する。
高温ガス炉のセールスポイントは1000℃近い高温の熱源にある。この特性を活かした水素製造が特長となっている。しかし、水素製造の方法は幾つかあり、高温ガスを用いた製造法が化学工学手法よりも優れているのかどうかは怪しい。将来の水素市場に適合する生産規模を賄う高温ガス炉の基数が幾つになるのか公表されていない。
現在までのところ、他の方法とのコスト競争に勝てるのか、規模を十分に大きくできるのかがカギであろう。原子力でなければ水素製造ができないのか、原子力でも水素製造ができるだけの話なのか。前者であれば良いのだが。
東海第一原子力発電所 | http://ja.wikipedia.org/wiki/東海発電所 |
高温工学試験研究炉 | http://ja.wikipedia.org/wiki/高温工学試験研究炉 |
高温ガス炉プレス発表 | http://www.jaea.go.jp/02/press2013/p13080201/03.html |
「高温ガス炉」世界が注目 | http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG24028_T10C11A1000000/ |
高温ガス炉による水素生産 | http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=01-05-02-19 |
日本原子力研究開発機構:プレス発表 | http://www.jaea.go.jp/02/press2013/p14030401/02.html |
高温ガス炉の概要 - エネルギー総合工学研究所 | www.iae.or.jp/htgr/pdf/00_summary01/00_1.pdf |
High Temperature Gas Reactors by Andrew C. Kadak | http://web.mit.edu/pebble-bed/Presentation/HTGR.pdf |