原子力、エネルギー、放射線についての解説

 

高速増殖炉の「高速」とは何か

 

高速中性子

「高速増殖炉もんじゅ」という名前は多くの方々がご存じかと思います。しかし、高速増殖炉という名称の意味については誤解があるようです。ここで使われている「高速」は中性子のスピードが高速であること、すなわち高速中性を指すものであって、増殖のスピードが高速であるという意味ではありません。どれくらい速いものを高速中性子と言うかはあいまいですが、エネルギーが0.5 MeV(メガ電子ボルト)以上のものを高速中性子と言うようです。その速さは秒速1万km以上であり、光速度の3%以上となります。

 

増殖

「もんじゅ」で使用される核燃料はプルトニウム239を数%含んでいます。通常の原子炉ではウラン235を数%含む核燃料が使用されます。「もんじゅ」の核燃料では、プルトニウム239がウラン235の代わりの役割を果たします。プルトニウム239の核分裂反応によって発生した高速中性子をほとんどスピードダウンさせることなくプルトニウム239に吸収させ、連鎖反応を維持します。

 

このとき、プルトニウム239の核分裂反応から発生する中性子の数はウラン235の場合よりも少し多いため、高速中性子を連鎖反応に消費しても、高速中性子が少し余ります。この余分の中性子がプルトニウム核燃料集合体の外周(ブランケット)に配置したウラン238に吸収され、プルトニウム239が生まれます。原子炉の運転に使用される核燃料に含まれていたプルトニウム239よりも多くのプルトニウム239が生まれたとき、プルトニウム239が増殖されたことになります。

 

「もんじゅ」の設計では1個のプルトニウム239から1.2個のプルトニウム239が生み出されます。

 

極端な例えで恐縮ですが、練炭の外周にゴミのチップを配置して練炭を燃やすとします。練炭の熱が外周に置かれたゴミを加熱し、ゴミを炭に変化させるとします。得られた炭の燃料としての量が燃やされた練炭の燃料量よりも少し多い場合を考えます。このとき、消費した燃料よりも生み出された燃料の方が多く、燃料が「増殖」されたことになります。

 

この比喩では、練炭がプルトニウム核燃料、ゴミがウラン238、熱が中性子に対応します。

 

低速中性子

多くの発電用原子炉は軽水(H2O)炉という形式の原子炉であり、福島第1原子力発電所の原子炉も軽水炉です。ちなみに、軽水に対する重水(D2O)とは、自然界に0.015%しか存在しない水素の同位体である重水素(D)が軽水素(H)と置き換わった水です。軽水炉では核分裂反応で発生した高速中性子は冷却水の水分子と衝突し、中性子は熱運動の速さまで減速された後に核燃料に吸収され、核分裂連鎖反応が続きます。熱運動の速さまで減速された中性子を「熱中性子」と言います。


熱運動の速さとは、大気中の窒素や酸素の分子が動き回っている速さに相当します。この場合、分子の速さは遅いものから速いものまで分布しており、平均の速さは温度で決まります。

熱中性子

Iso-Hiyodori

通常、熱中性子のエネルギーは常温(20℃)における中性子の平均運動エネルギーで代表され、0.025eVです。熱中性子の平均の速さは2200m/秒であり、音速の7倍です。核分裂反応で発生した直後の中性子のエネルギーは平均で2MeVです。この高速中性子は軽水(H2O)と種突を繰り返した後、エネルギーは0.025eVまで減少します。8桁、1億倍もエネルギーが減少しますが、それに要する時間は非常に短く約1マイクロ秒、100万分の1秒です。

 

なお、運転中の原子炉の冷却水温度は常温よりも高い約300℃であるため、炉芯の中性子のエネルギーは前記の0.025eVよりも高くなります。広義の熱中性子はエネルギー範囲が0.5eVまで拡がります。

 

表1 中性子エネルギーに応じた中性子の名称

eV(電子ボルト)は放射線のエネルギーを測る単位

 

名称
平均エネルギー
平均速度
核分裂反応から発生した中性子
2 MeV
2万km/秒
光速度の6%
高速中性子
0.5 MeV以上
1万km/秒 以上
光速度の3%以上

熱中性子

 

広義の熱中性子

0.025 eV

 

0.5 eV以下

2200 m/秒
音速の7倍

10km/秒 以下

 

 

熱中性子と高速中性子のエネルギー比較

熱中性子および高速中性子のエネルギーが一体どのような分布をしているのかが疑問でした。インターネットで調べたところ、両者のエネルギースペクトル(エネルギー毎の中性子の個数を横軸をエネルギー、縦軸を個数で画いた図を指す)を比較した図に出会いました。それを下に示します。

 

Neutron Spectra

縦軸の中性子束とは1cm2の面積を毎秒通過する粒子数です。熱中性子炉のスペクトルは黒線で、高速増殖炉の赤線で示す。

http://nuclearpowertraining.tpub.com/h1019v1/css/h1019v1_138.htm

 

熱中性子炉はの中にある中性子のエネルギー分布は熱エネルギー(0.025 eV)部分にピークを持っています。しかし、エネルギー分布は熱エネルギー領域だけに集中しているのではなく、核分裂反応で発生した中性子がもつ初期のエネルギー(2 MeV)まで続いています。これは、私にとって意外な情報でした。

 

高速増殖炉の場合、0.1 MeV〜1MeVのエネルギー領域の中性子が多く、0.01 MeV(10000 eV)よりも低いエネルギー領域では急速に減少しています。この図で示されている高速増殖炉は冷却材が軽水(H2O)よりも重い元素のナトリウムであるため、中性子がほとんど減速されていないことが分かります。ナトリウムが冷却材である証拠は10^3 eVと10^4 eVの間に見られるV字形のディップです。これはナトリウムの共鳴吸収反応の跡です。

 

 

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