原子力、エネルギー、放射線についての解説

 

内部被ばくを考える

Da Vinci

内部被ばくとは

内部被ばくとは、放射性物質によって汚染された食物を食べること、あるいは汚染された空気を吸入することによって体内に取り込んだ放射性物質が放射する放射線を被ばくすることを指します。


外部被ばくの場合、線量の高い場所から離れることにより被ばくを少なくすることができます。数十cm程度の非常に限られた汚染ならば、10mも離れることで被ばくを避けることができます。


他方、内部被ばくの場合、放射性物質を体内に持っているため、どこかに避難することで被ばくを少なくすることはできません。放射性物質を体外に積極的に排出するような働きをする薬もありません。生物学的半減期に従って、放射性物質が排出されることを期待することしか対策はなさそうです。


例外は放射性ヨウ素のケースです。放射性ヨウ素が環境に放出される前にヨード剤を服用して甲状腺中のヨウ素濃度を高めておけば放射性ヨウ素が甲状腺に沈着することを防ぐことが可能です。この点で、今回の原子炉事故に際して原子力安全委員会は重大な取り返しの効かないミスを犯しました。

 

放射線がガンマ線の場合、放射線の透過力が強いため、体内の広い範囲が被ばくします。その結果、放射線が細胞や組織に与える影響という観点では、内部被ばくは外部被ばくに近いものになります。他方、外部被ばくでは考えなくてもよかったベータ線とアルファ線が内部被ばくでは重要となります。

 

アルファ線の影響がベータ線、ガンマ線よりも強い理由

放射線が人体組織に影響を及ぼす度合いは人体組織に吸収された放射線エネルギーの密度に強く関係します。単位質量 (kg)あるいは単位体積(cm3)吸収されたエネルギーの密度が高いほど遺伝子やDNAが損傷される確率が高く、人体への影響は大きくなります。


ここで、放射線が人体組織の中をどれくらい浸透するのかを見てみます。浸透する距離は、アルファ線では約0.04mm、ベータ線では数mm、ガンマ線では数cmです。ガンマ線の場合、数cm浸透した先でエネルギーが電子に移ります。これは数cm先でベータ線が放射されたことに相当します。話しを簡単にするために各放射線のエネルギーは同じであると仮定します。さらに、放射線が体内を進行するとき、進行経路から一定の半径内にエネルギーを与えると仮定します。そうすると、エネルギー密度は浸透距離で決まり、アルファ線によるエネルギー密度はベータ線、ガンマ線に比べて1000倍も大きくなります。結果として、放射線が人体に及ぼす影響は、アルファ線がベータ線、ガンマ線よりもずっと強いことになります。

 

福島県以外ではセシウムとストロンチウムが問題

アルファ線を心配する場合の第1候補はプルトニウムです。文科省が平成23年9月に発表した「プルトニウム、ストロンチウムの分析結果」によれば、プルトニウムの汚染状況は福島第1原子力発電所から約30kmの範囲では、最大で1m2あたり15ベクレルです。放射性セシウムによる汚染が低い地域では、検出可能なプルトニウム汚染はないと考えます。従って、プルトニウム汚染地域に立ち入ってプルトニウムを呼吸で取り込まない限り、アルファ線による内部被ばくは心配しなくてよいと言えます。

 

従って、プルトニウム吸入という場合を除けば、具体的に心配する内部被ばく対象の放射線は(ガンマ線とベータ線を放射する)放射性セシウム、および(ベータ線だけを放射する)放射性ストロンチウムとなります。


核燃料の中では沢山の種類の放射性物質が生成されましが、大部分は半減期が短いものでした。核燃料中での発生量が多く、半減期が長いものが今後の内部被ばくにとって重要です。その意味で、セシウムとストロンチウムが重視されます。

 

水素爆発から間もない時期に、放射性セシウムが福島県から関東地方にかけて地表に降り注ぎました。放射性セシウムに対する比率はまだ解明されていませんが、放射性ストロンチウムも同様に降り注いだものと考えています。福島第1原子力発電所に関する報道を見る限り、水素爆発のような激しい現象が再発する可能性は低いようです。そのため、関東地方の広い地域が放射性のセシウムやストロンチウムによって新たに汚染されることはないと考えます。

 

Ooyama
Kinmedai

 

農水産物の放射能汚染

農作物が放射性セシウムに汚染された経路が徐々に解明されています。これと並行して、放射能検査体制が増強され、農産物の汚染検査が充実してきました。その結果、平成23年10月の時点で暫定基準値を超えた、あるいは基準値に近い濃度で汚染された農産物は流通していないと考えていました。しかし、11月に福島県産の米から暫定基準値を少し超える例が出てきました。この原因は農地の汚染が一様でなく場所によって多かったり少なかったりと凸凹することです。


セシウムに関しては、放射線量D(マイクロシーベルト/時)と1m2あたりのベクレル数Bの間に下記の簡単な関係式があります。

 

     B (ベクレル/m2) = 270 x 1000 D(マイクロシーベルト/時)

 

従って、農地に出向いて放射線量を測定すれば、農地のセシウム汚染が高濃度であるのか心配するレベルではないのかを大まかに知ることができます。農地の放射線量を細かいメッシュで計測すること、および食品に含まれる放射能を検査する体制の一層の充実が要望されます。

 

海産物の事情は農産物とは少し違っています。事故発生からまもない2011年3月〜5月に福島第1原子力発電所から放射性物質が大量に海に漏れ出し、海水を汚染しました。汚染物質は海流に乗って絶えず移動しています。そのため、魚介類が生息する場所での海水中の放射能濃度は絶えず変化します。さらに、魚介類には食物連鎖があります。最初は動物性プランクトン、次に小魚、それを食べる中くらいの魚、最終的にカツオやマグロなどの大きな魚に放射性物質が連鎖的に移動し濃縮されます。数年間にわたり放射性物質が濃縮される様子を追跡することが必要です。セシウム137やストロンチウム90は半減期30年もあるため、数年の食物連鎖の間、ほとんど減少しません。個人的には、房総半島海域の魚介類への食物連鎖が気がかりです。海産物については、セシウムだけでなくストロンチウムの測定も大切です。

 

食物を体内に摂取すると、食物に含まれていた放射性物質は化学的な性質に応じて体内に分布し、代謝にともなって体外に排出されます。摂取された放射性物質の半分が排出されるまでの時間を生物学的半減期と言います。セシウム134、137の生物学的半減期は70日です。他方、ストロンチウム89、90は骨の主成分であるカルシウムと化学的性質が似ているため、骨に沈着し、生物学的半減期は数十年と大変長くなります。骨ガンや白血病を引き起こす可能性が出てくるため、ストロンチウム89、90測定体制の強化が待たれます。

 

現実とのバランスがとれた放射能測定

最後に、検出限界について述べます。「検出限界以下」、「検出されず」は、「放射能がゼロ」を証明する訳ではありません。「放射能がゼロ」でないから「検出限界以下」の食品であっても産地を見て、それを避けたいという考えが出てきます。検出限界をもっと下げて欲しいと要求されますが、検出限界の数値を下げることは簡単ではありません。

 

汚染されているとは言っても、食品に含まれている放射性物質は微量であり、そこから放射される放射線の毎秒あたりの個数はわずかです。500ベクレル/kgのサンプル1kg(体積は約1L)が放射する放射線は毎秒500個です。放射性セシウムの分析では毎秒500個放射されるガンマ線をできるだけ効率よく検出しなければなりません。そのためには高感度の測定器を用いた長い時間の測定が必要です。


測定設備は1000万円以上と大変高価です。しかも、毎日、沢山のサンプルを測定しなければならないため、測定時間を1時間程度に限定せざるを得ません。その結果、米のセシウム検査では検出限界として20ベクレル/kgが設定されました。検出限界を10ベクレル/kgまで下げるためには、測定時間を4倍長くしなければなりません。1ベクレル/kgならば400倍も長い時間が必要となります。


例えば、10ベクレル/kgまで検出しようとすると、単純な計算では検査することができるサンプルの数が1/4に減少します。それよりは、検出限界を20ベクレル/kgとした測定でより多くのサンプルを検査する方が有益となります。できる限り微量な値まで検査して欲しいとの気持ちは理解できますが、現実とのバランスを考えた検査が大切となります。

 

これと同様に、全食品の放射能検査は不可能です。その代わりとして、抜き取り検査をすることになります。例えば、100個あるいは1000個に1つを抜き取り、そのサンプルを検査します。そこで得られた検査結果の数値が残りの99個あるいは999個の食品に適用されます。この場合、残りの99個あるいは999個の中に基準値を超えるものがあるかもしれないという心配は残りますが。


毎日の給食を全て検査する提案が過日新聞に出ていました。検査の結果が届くまで給食を待つことになり、結果が届くころには給食はすっかり冷えて美味しくないでしょう。1週間に1給食程度のサンプル検査を行い、給食が汚染されているかどうかの傾向を把握することならば賛成できます。


大型のシンチレーション検出器を用いた簡易サーベイ検査は可能であり、これによって高濃度に汚染されたものを排除することができます。ただし、この方法では食品の汚染の程度を知ることはできませんが、何もしない場合よりは安心感が出ると思います。

 

 

附録1

アルファ線が体内で放射される場合、アルファ線は0.04mmしか浸透せず、非常に狭い範囲の細胞や組織に放射線エネルギーを集中させます。その結果、DNAが損傷する確率が高くなります。アルファ線を放射するプルトニウムを体内に取り込むこと、特に肺に吸入することに特別の注意を払うことが大切です。
ベータ線は高速の電子であり、体内を数mmほど浸透します。そのため、ベータ線はアルファ線よりも広い範囲に影響を及ぼしますが、その反面、影響の程度は弱くなります。

 

附録2

15ベクレルの半分、8ベクレルのプルトニウム239を肺に吸入した場合、国際放射線防護委員会が勧告した「緊急時に考慮すべき放射性核種に対する実効線量係数」を用いて計算すると、肺に吸入後50年間に被ばくする線量の合計は1ミリシーベルトとなります。経口摂取では、放射線影響が少し弱く、400ベクレルが1ミリシーベルトに相当します。このように非常に小さなベクレル値であっても、50年間の合計線量が1ミリシーベルトになることからプルトニウムによる内部被ばくの危険性が分かります。

 

附録3

暫定規制値の意味を考える目的でセシウム137の内部被ばく線量を計算してみました。500ベクレルのセシウム137を1年間毎日食べ続け、その後はセシウム137を摂取しないと仮定しました。1年間の摂取量は182キロベクレルです。ベクレル数をシーベルトに変換する計算には国際放射線防護委員会が公表した緊急時に考慮すべき実効線量係数(1.3x10^-8 シーベルト/ベクレル)を使用しました。2年目以降の50年間の被ばく線量の積分値が計算上は約2.4ミリシーベルトとなります。

 

附録4

食物汚染を考える際、その対象となる放射性物質は半減期が適度に長いものになります。ストロンチウム89は半減期が50日であり、事故から1年後には150分の1に減っています。半減期が2年のセシウム134はもう少し長い期間残りますが、それも10年後には約10分の1に減ります。従って、長期に関係するものはストロンチウム90とセシウム137の2種類です。

 

附録5

ストロンチウム90は半減期が29年であり、セシウム137の30年と事実上同じです。しかも、原子炉内の核分裂反応によって生成される量もほぼ同じです。それにも関わらず、文科省が実施した上記の報告以外にストロンチウム90が検出されたという報告は非常にわずかです。記憶に新しい例は、平成23年10月に横浜市内のマンション屋上から検出されたことでした。しかしながら、検出例が少ないから、福島第1原子力発電所から遠く離れた場所がストロンチウム90に汚染されていないと考えてはいけません。単に、ストロンチウム90の分析が難しいため、測定されていないだけです。分析には化学分離作業および特殊な放射線測定器が必要であるからです。

 

附録6

文科省が平成23年10月 8月に発表した「放射性セシウムの土壌中濃度マップ」によれば測定を実施した福島県でのセシウム137の最大濃度は1m2あたり3万ベクレル超です。この数値はストロンチウム90の約500倍です。原子炉内で発生したセシウム137とストロンチウム90の放射能量はほぼ同じであるにも関わらず500倍の違いがあることの理由は分かりませんが、恐らく物理化学的な性質がセシウムとストロンチウムで異なることに因るからだと思います。
なお、チェルノブイリ事故では、原子炉内にあったセシウム137の33%が環境中に放出されました。ストロンチウム90の放出量はセシウム137放出量の10分の1でした。

 

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