可能性はあります。しかし、実現するために解決しなければならない工学的な問題が幾つかあります。
高速炉増殖炉では中性子を熱エネルギー(平均速度は2200m/s)まで減速せず、高速のまま(熱エネルギーよりも高いエネルギーで)連鎖反応に利用します。すなわち、熱エネルギーよりもエネルギーが高い中性子(これを高速中性子という)を使って核分裂連鎖反応を維持します。高速中性子を作るために、中性子を減速しにくい水よりも重く、熱除去の性能に優れた液体金属ナトリウムが冷却材として使われます。
高速増殖炉の目的は、天然ウランもしくは劣化ウラン(ウラン-235が抜けた残りもの)を内蔵するブランケット中に含まれるウラン-238からプルトニウム-239というウラン-235の代用品となる核燃料を発電しながら生産することにあります。しかも、高速中性子を連鎖反応に利用することによって炉の運転に消費した核燃料よりも多くの核燃料(プルトニウム-239)を生産します。おおげさに言えば、廃棄物から核燃料が生産されることになります。
高速増殖炉では核燃料集合体の外周に天然ウランもしくは劣化ウランを内蔵するブランケットが置かれ、高速中性子によってブランケット中てプルトニウム239生産されます。プルトニウム-239は核分裂反応の点でウラン-235と同じ性質を持っています。そのため高純度プルトニウム-239は核兵器に転用することできる材料です。
他方、日本の原子力発電炉である軽水炉でもプルトニウムは生産されます。しかし、軽水炉では熱中性子がプルトニウム239に吸収されプルトニウム240が生成されます。このプルトニウム240は半減期が短い(とは言っても6500年)ため、これを多く含むプルトニウムは核兵器に転用できません。瞬時に爆発反応を起こす代わりに、ズルズルと核分裂反応が起きてしまい、爆発には至らないそうです。
液体金属ナトリウムは常時液体にしておくことが必要とのことです。その理由は、一旦冷えた後、再度高温にするとナトリウム循環系が強い熱ショックを受け、損傷するそうです。ナトリウム循環系に使用される材料の制約から温度を上げたり、下げたりする熱サイクルを何度も繰り返すことができません。これは大変厳しい条件です。
もんじゅの概略図
原子炉格納容器は直径50m、高さ80mと非常に大きい
上部の空間だけでも体育館ほどの大きさ
試験炉「もんじゅ」には1520トン(1次系、2次系に760トン)のナトリウムが装填されています。「もんじゅ」では、熱ショックを避けるために配管がヘビのようにうねっています。これを最初に見たとき、何となくスマートでないなと感じたことを思い出します。
上の図は「もんじゅ」の構造の概略を示します。原子炉格納容器は厚さ4cmの更鋼鉄で作られていますが、その大きさは巨大です。格納容器は直径が50m、高さが80mの円筒形です。その下半分に原子炉容器と1次系ナトリウムの熱交換器が収まっています。大きな構造物とナトリウムという特殊な液体を循環させる装置があるため、軽水冷却原子炉に比べて建設コストが高くなります。
福島事故のような冷却材喪失という事故が起きたとき、液体ナトリウムを急遽追加することも不可能です。水を注入することもできません。どうするのでしょうか。
フランスは高速増殖炉を持っています。スーパーフェニックスという試験炉が数年前に運転を停止しました。その理由が不明です。ひょっとすると運転する際の動特性が悪いため、やばいと感じて停止したのかもしれません。
これは筋が悪そうです。劣化ウランを使った試運転に入ったのは2004年です。トラブルが相次いで発生し、現在は試運転を停止しており、当分の間試運転を再開することができない状態です。
停止している理由が公開されているのかどうか知りませんが、以下は人から聞いた噂話です。
@ 使用済核燃料から分離された高レベルの放射性廃棄物をガラスと混ぜて固化することになっています。しかし、フランスが行っている固化体よりも何故か大型の固化体としたせいで、うまく作動できないらしい。どうせフランスの真似をするならば固化体のデザインも真似をして、フランスと同じ形状にすればよかったのに。
日本として独自性を出すために、サイズを大きくしてしまった。フランスでは試行錯誤の末にある現在の形状に行きつき、それは機能していました。それにも関わらず、工学的理由もなく、メンツのために設計をかえてしまったのかもしれません。
もしも、そうであるならば、この失敗は「もんじゅ」の温度計の場合と同じといえます。高速炉「常陽」ではナトリウム配管の内壁に温度計を取りつけ、それで何のトラブルもなく長年作動していました。それにも関わらず、うまく行っていた「常陽」の実績のある測定方法とは異なる方法を採りたいということで、温度計をナトリウムの流れの中に突っ込んだ次第。その結果、温度計の鞘管が折れてナトリウム漏れ事故に至りました。
順調に機能している技術を「メンツ」のために深い理由もなく変えてはいけないことの事例でしょう。
A 化学反応をさせる設備で色々なトラブルが起きているようです。その設備は劣化ウランや放射性廃棄物で汚染されているため、放射線レベルが高く、修理をしたくても人が近づくことが難しいようです。どうするのか?こちらはガラス固化体の件よりもずっと深刻なようです。
六カ所再処理工場は年間処理能力800トンとして建設されました。同工場の貯蔵プールには満杯に近い3000トンの使用済核燃料が貯蔵されています。2010年9月の時点で日本は1万6000トンの使用済核燃料を保管しています。この数字を見る限り、この再処理工場が順調に稼働しても、溜まっている使用済核燃料を処理し終わるまでに20年以上を要します。
上記の再処理工場がうまく稼働したとして、次の課題は排出される放射性廃棄物どこに貯蔵・保管するのかが問題となります。地下の深い場所にガラス固化体やドラム缶を貯蔵する方法が考えられており、これを地層処分と呼んでいます。
地層処分の技術開発は地道に進められています。しかし、肝心の処分場をどこにするのかについては全く未定です。どの自治体も候補地として名前が出ると、直ぐに住民の反対に出会い、候補地は消えてしまいます。
核廃棄物処分場を確保することができた国はフィンランドだけです。フィンランドは人口の規模では神奈川県と同じです。そのため、廃棄物の発生量も日本よりはずっと少ないと言えます。しかも、フィンランドは過疎の国であり、国土は安定な花崗岩でできています。
米国では一度、候補地としてネバダ州ユッカマウンテンが選定され、計画が進行するように見えました。しかし、地元の反対で計画は白紙にもどりました。その後は候補地がとりざたされることがないままです。
原子力推進者は垂れ流しとは言っていません。彼らは、原子力の利点は発電量に比べて廃棄物の量(体積)が少ないと主張しています。石炭火力では大量の灰が排出されます。石油燃焼でも廃棄物が出ます。天然ガスは別ですが。再処理をすればウラン燃料を1回だけ使って廃棄するワンスルーよりも廃棄物の発生量がはるかに少ないと主張しています。
ウラン資源の可採年数は石油資源と同じくらいであり、プルトニウムを増殖して再利用しないと原子力は長続きしないと考えられています。そのため、原子力推進者は高速増殖炉と再処理工場がセットで必要と主張しています。
緊急時に放射性物質を経口あるいは吸入によって体内に取り込んだときの内部被ばくを評価する係数として実効線量係数がICRP(国際放射線防護委員会)から公表されています。放射性セシウムに関する数値は以下のとおりです。
経口(Sv/Bq) | 吸入(Sv/Bq) | |
セシウム134 | 1.9x10^-8 | 2.0x10^-8 |
セシウム137 | 1.3x10^-8 | 3.9x10^-8 |
ここで、放射性セシウムはセシウム-134とセシウム-137の割合が1:1と仮定します。そうすると、セシウム-134を100ベクレルとセシウム-137を100ベクレル肺に吸入した場合、その後50年間の線量Dは
D=100x(2.0x10^-8 + 3.9x10^-8)=5.9 μSv
となります。
従って、1年間に吸入するベクレル数がセシウム-134、セシウム-137で各々1000ベクレル程度までならば心配ないと思います。
雨水が流れ込み、溜まる場所には放射性物質が濃縮されます。そうすると、その地点の線量は高くなり、0.2〜0.5 μSv/hという数値になることが考えられます。こうした場所は除染で線量を下げることができるはずです。
市内全域で、あらゆる場所の線量が0.2〜0.5 μSv/hとなると除染作業は規模が大きく大変です。その場合は家の中も高い線量となるでしょう。
ただし、0.5μSv/hの場合、バックグラウンドの0.05μSv/hを差し引くと、1年間で4mSvです。この値は正常時に許容される1mSvの4倍です。
放射線はセシウム134,137からのガンマ線と考えられます。ヨウ素131は影響を及ぼすレベル以下に減衰しています。放射性セシウムの濃度Yと空間線量率Xの間には以下の関係があります。
Y(Bq/m2)=276000*X(μSv/h)
上記の0.5μSv/hをXに代入するとY=138kBq/m2となります。
1m2の面積に存在する放射性セシウムの放射能量が138キロベクレルということです。
福島第1原子力発電所事故の直後の時点でセシウム134とセシウム137のベクレル数はほぼ等しいことが東京都の3月15日に測定で分かっています。従って、10年ほど経過するとセシウム134は約1/10に減っていますので、線量率は初期の半分のはずです。
逆の見方をすれば、10年経過しても半分にしかなりません。
本Webサイトの「アルファ線とプルトニウム」の項目を参照してください。
原発は発電時にCO2を排出しませんが、設備の製造や廃棄作業の時にCO2を排出します。したがって、排出しない、ゼロエミッションと言うのは正確ではなくミスリーディングです。
これと同じことが電気自動車にもあてはまります。電気自動車は走行中にCO2を排出しません。しかし、発電所はCO2を排出しています。従って、電気自動車がゼロエミッションと言う宣伝は厳密に言えば不正確です。
エネルギー政策として運転を停止することになれば、運転停止そのもには技術的な課題はありません。問題は原子力で発電していた電力をどうやって生み出すのかということです。代替のエネルギーをどうやって賄うのかに尽きます。
再生可能エネルギーは美しいビジョンですが、実現性とエネルギー利得率に課題があります。エネルギー源というものはエネルギーを増幅する装置であり、その増幅率が1を越えていなければなりません。
ここで、エネルギー利得率Gというものを考えます。それは次の式で定義されます。
G=(利用できるエネルギー)/(製造、運転、廃棄、環境などに要するエネルギー)
このG値が多くの場合1より少し大きいだけです。太陽電池の場合、ひょっとすると1以下かもしれません。太陽電池発電については信頼できる数値が出ていません。風力では約1.5と言われています。代替エネルギーを審議する場においてエネルギー利得率が議論されないことが心配です。
これは少し虫のいい話と思います。原子力発電を維持しないとなれば、原子力分野に有能な人材が来ないでしょう。ゴミ処理、後ろ向きの仕事の技術開発では若い人材を集めることが難しいと思います。仕方なく管理をするだけで、「開発」をする意欲は出ないのではないでしょうか。
2011年11月時点の政府の対応を見る限り、政府は日本国内では原発の新規建設をしないけれでも、国際的な約束を果たす意味において原子力協定を結んだ国に対して原発を輸出することを支援するつもりです。自国では建設・使用しないものを外国には建設するという政策です。こうした政策が通用するものなのかどうか、個人的には?を感じます。
昔、日立は川崎市王禅寺に小型原子炉を持っていました。この原子炉は約20年(?)前に閉鎖され、核燃料は炉から取り外されました。原子炉は存在しない状態になりました。しかし、核燃料物質で汚染された物は永久的に管理、保管されます。現在は、ただ単に廃棄物を詰めたドラム缶の保管と記録だけの目的で人が常駐しているそうです。何とも寂しい話しです。
100年間、廃棄物を保管することを想像してみるとその作業が大変であることが分かります。何がどの場所に、どの様な状態で保管されているのか。そのデータをどうやって保存するのか。今ならばデータは最新の電子媒体に記録されるでしょう。ところが我々が過去20年間に経験した電子媒体の変遷はどうであったか?媒体が進化するたびにデータの移し替えはどうであったのか?等々を考えると、現時点のデータを100年後の人に正しく伝えることは本当にできるのかと心配になります。
日本が原子力を始めた理由が、いつの日か核兵器を持つことにあったのかどうかは分かりません。勘ぐればそうかもしれません。善意に解釈すれば、そうではなかったと思えます。
原子力発電を手がければ、核兵器製造の潜在力は生まれます。日本は、発電に加えて核燃料再処理とウラン濃縮も海外から認められ、それを行っています。核兵器を保有しない国として唯一日本は再処理と濃縮を行っています。
福島事故にも関わらず今後も原子力を推進することを前提として原子力大綱および原子力長期計画の再検討が進行しています。原子力に批判的な人も若干名が委員として議論に参加したようですが、参加は形だけのものであり、批判的な意見を真面目に採り上げることはされなかったとのことです。日本がここで原子力から手を引くと、核武装するための技術が消えてしまうと考えて原子力推進を支持する動きがあるようです。
他方、ソビエト連邦が崩壊した後、ソビエトが保有していた古い核兵器の解体に日本が協力しました。プルトニウムを取り出すためです。そのとき、解体に参加した人は核兵器の構造を見たわけです。プルトニウムを爆縮する起爆装置を見たはずで、その仕組みをほぼ理解したと思います。
さらに、日本は高速炉「常陽」と高速増殖炉「もんじゅ」の運転をした結果、プルトニウム239の濃縮度が90%を越える兵器転用が可能なプルトニウム239を少量ですが保有しています。少量とは言っても化学分離をすれば核兵器を約10個作ることができる量です。起爆装置のノウハウらしきものに加えてが原料物質があると考えてよさそうです。