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遅発中性子の役割

(この項目は専門的な話しなので、無視して結構です)

 

ウラン235が核分裂をする際に遅発中性子が適度な個数だけ生成されることが原子炉の成立に決定的な意味をもっている。もしも、遅発中性子が発生しない自然であったならば核兵器はできても原子炉を建設することはできなかった。

ウラン235が核分裂反応を起こすとき、平均して2.5個の中性子が反応と同時に放出される。この中性子を即発中性子と言う。即発中性子が連鎖反応に大きく寄与する。
核分裂反応では大きな原子核と小さな原子核の2つの核分裂生成物が生まれる。核分裂生成物の多くは放射性であり、それらはベータ壊変、ガンマ壊変をとおして安定な原子核に移行する。ごく僅かな確率で、ベータ崩壊の後に中性子を放出して壊変する核分裂生成物が生成される。この中性子は核分裂反応が起きた瞬間よりもずっと遅れて発生するため、これを遅発中性子と言う。

例えば、遅発中性子を放出する核分裂生成物としてBr87(臭素87)がある。Br87は半減期55秒でベータ壊変をしてKr87の励起状態に移る。このKr87励起状態はKr86に中性子は非常に弱く結合した状態であるためにガンマ崩壊をする代わりに中性子を放出してKr86に壊変する。Br87が遅発中性子よりも先にできていることから、Br87を遅発中性子先行核と言う。

遅発中性子先行核は約20種類が知られており、その半減期に応じて6つのグループ(群)に分けられる。ウラン235に関係する先行核のデータを表にまとめる。

ウラン235  (やや古い資料から転記)

群番号

半減期
(秒)

1核分裂反応あたりの遅発中性子個数

即発中性子数2.5に対する割合

55

0.00063

0.00024

22

0.00351

0.00136

6.0

0.00310

0.00120

2.2

0.00672

0.00260

0.5

0.00211

0.00082

0.2

0.00043

0.00016

 

平均半減期
8.8
平均崩壊定数
0.078/秒

全生成量
0.0165

全遅発中性子の割合
0.0064


上の表から分かるように、即発中性子数に対する遅発中性子の割合はたったの0.6%である。この僅かな遅発中性子の役割を簡単に説明する。


遅発中性子がない場合

原子炉内の連鎖反応では、中性子数Nが指数関数で増加する。

   N(t)=N0 exp((k-1) t/L)

   N(t)   時刻tの中性子数
   N0   初期の中性子数
   k    増倍率(燃料や減速材などの性質・配分で決まる)
   L    即発中性子が燃料に捕獲されるまでの平均時間

k=1のときN(t)=N0と一定であり、中性子数は増えも減りもしない。このとき原子炉は臨界にあると言う。

Lの値は実際の熱中性子炉では0.1ミリ秒と言われている。もし、時刻t=0のとき原子炉の増倍率kを1.000から1.001に0.1%増加させると、1秒後に中性子数は22000倍に増加する。すなわち原子炉の出力が1秒後2万倍に増加することになり、これでは原子炉を制御することが不可能である。


遅発中性子がある場合

しかし、幸いなことに遅発中性子の存在が原子炉の制御を可能にする。話しを単純にするために、上の表に出ている平均半減期8.8秒を半減期とする1種類の遅発中性子先行核が発生するものと仮定する。その場合、中性子数Nの時間変化は以下の指数関数で表される。

   N(t)=N0 exp(λρt/(β-ρ))

   ρ=(k-1)/k   反応度と言い、増倍率kの増加割合を指す
   λ        平均壊変定数
   β       全遅発中性子の割合

増倍率kを1.000から1.001に0.1%増加させる場合、ρ=0.001である。平均壊変定数λ=0.078/秒、全遅発中性子の割合β=0.0064の条件では、1秒後の中性子数の増加すなわち原子炉出力の増加は1.4%である。原子炉出力は指数関数で増加するが、その原子炉時定数Tは70秒である。70秒後に出力は2.7倍になる。この程度のスピードで出力が増えるならば、人間が原子炉を制御することが可能である。

ただし、遅発中性子の寄与β=0.0064を超えて増倍率を上げると、即発中性子だけで連鎖反応が進むことになり、原子炉は即発臨界となり暴走する

なお、米国は1950年頃までにほとんどの炉形式を考案した。何と、実験原子炉を即発臨界で壊す実験も行っている。

原子炉の中性子バランスを模式図で下に示す。

chuuseisi balance

 

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